プロジェクトを進めるように、納得のいく治療と選択を

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和気 香子(わき きょうこ)
僧帽弁閉鎖不全症
自営業(エグゼクティブ・コーチ)

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気づかなかった僧帽弁閉鎖不全症の症状

2017年の登山中、経験したことのない体の異変を感じました。
休憩所まで残り100mほどの地点で、何故か足が上がらなくなったのです。

運動は20年以上続けているので体力には自信がありましたが、この時は違いました。いつもなら大した苦もなく登れる行程で、急登ではありません。心拍が上がって辛い訳でもないのに、どうしても一歩が踏み出せなかったのです。
加えて2019年ごろには、キックボクシングで縄跳びを行う際も以前と比較して体が重く感じるようになりました。

登山のお写真
達成感や絶景を味わえる登山など、忙しい日々の合間に様々な運動を楽しんできた

運動時に体の不調は感じたものの、日常生活で症状が出ることは全くなかったため、当時は加齢が原因だと片付けていました。しかし、今振り返るとこれが心臓弁膜症の症状だったのかもしれません。

僧帽弁閉鎖不全症と診断されてから

心臓弁膜症と診断されるきっかけとなったのは、2019年10月に受けた健康診断でした。心電図の結果を見た医師に大学病院での精密検査を勧められたのです。

以前から同じクリニックで健康診断を受けていましたが、心電図のみで聴診器は当てられず、心電図の結果についても何も言われませんでした。
後々お世話になる循環器の医師いわく、「聴診器を当てていれば絶対分かっていた」そうです。2019年の健康診断では、前年と違う医師が診てくれたことが幸運でした。

精密検査までの間、積極的にインターネットなどを活用したり、医療に詳しい知り合いにも相談したりして情報を集めました。その結果、疑ったのが心臓弁膜症でした。不安を覚えましたが、医療技術の進歩で体への負担が少なく痕が残りにくい手術もあることなどを知り合いから教えてもらい、胸をなでおろしました。

しかし、精密検査を終えて迎えた2020年2月。私は重症の僧帽弁閉鎖不全症であり、開胸手術をしなければ難しい状態だと告げられました。

手術で治せることは理解できていました。
ただ、できる限り手術痕が残らず、体に負担のかからない手術を希望していたので、とても動揺したのを覚えています。医師からは「整形外科とうまく連携すれば痕は残らない」と言われましたが、連携できるのか、本当に痕は残らないのか不安が残りました。

自分が納得のいく手術を受けたい

診断から一週間、とにかく手術に関する情報を集めました。診断を受けた同じ大学病院で外科手術を受けることもできたのですが、ありがたいことに医師から紹介状を出すと言っていただき、他の病院を紹介してもらうことを決めました。

まずはこれまで仕事でやってきたように、心配事を全て書き出して絶対譲れないことを明確にしました。重視したことは、日常生活に早く復帰できること、できる限り手術痕が残らないことです。
その上で改めて手術方法を調べ、僧帽弁の弁尖をクリップで挟む「経皮的僧帽弁接合不全修復システム(マイトラクリップ)」1を用いた手術か、内視鏡手術支援ロボット「ダビンチ」2を用いた手術を受けたいと決断。医療に詳しい知り合いに相談しつつ、インターネットを駆使して症例の多い病院を探し、各手術の症例が多い病院を2カ所紹介してもらいました。

初めに予約が取れたのは、マイトラクリップ手術の経験が豊富な病院でした。
丁寧に対応してくださったのですが、マイトラクリップはあくまでも僧帽弁からの逆流を軽減させる処置で、外科手術を受ける体力のない方向けだと説明され、「和気さんは若いし体力があるから、外科手術を受けてしっかり治したほうが良い」と勧められました。

1カテーテルを用いてマイトラクリップを埋め込み、僧帽弁をつなぎ合わせることで、血液逆流量を軽減させる手術です。外科手術と比べて体にかかる負担が少ないため、年齢や合併症などが理由で外科手術を受けられない方の治療が可能です。2018年4月から保険適用となりました。

2内視鏡下手術支援ロボットです。胸部に数カ所空けた小さな穴から、鉗子やメスなどを取り付けたロボットアームと内視鏡を挿入し、医師が内視鏡画像を見ながら操作して手術をします。手術痕が小さく目立ちにくい、術後の痛みが少ない、出血が少ない等のメリットがあります。ダビンチを使用した僧帽弁形成術・三尖弁形成術は2018年4月から保険適用となりました。

セカンドオピニオンに活きたこと

「うちの病院で手術を受けられますよ」と手を差し伸べてくれたのが、セカンドオピニオンであるダビンチ手術経験が豊富な医師でした。私の希望や心配をくみ取り、「大丈夫ですよ」とかけてくださった言葉はとてもあたたかく、本当に感謝しています。

手術痕にまで気を回せるのは、贅沢な悩みであることは重々承知です。
相談した医師は皆さん真摯に対応してくださったので不満はありませんが、命が最優先なため、手術痕などはそこまで考慮していないのかもしれません。

セカンドオピニオンの医師はダビンチ手術の症例が豊富であることに加え、患者の不安も含めて一緒に解決に向かう姿勢を見せてくれたことが嬉しかったので、この医師の元でダビンチを用いた僧帽弁形成術を受ける決断をしました。

他の手術と比べて、ダビンチの手術例はまだそれほど多くありません。
私の場合、病気や手術方法、そしてどの病院がどういった手術を得意としているかを事前に調べたことでセカンドオピニオンに活かせ、希望する手術が受けられました。
セカンドオピニオンは希望しづらいかもしれませんが、自分の命や身体は自分で守るもの。時には、我儘になることも大切だと思います。

以前とほぼ変わらない手術後の生活

診断から1カ月後の2020年3月末、ダビンチ手術は無事成功しました。
退院後は体力作りのためにも、無理のない程度で一日一万歩を目標に早歩きしたり、ピラティスを再開したりしました。

退院のお写真
退院を迎えた和気さん。退院から程なく仕事と運動を再開した

手術から半年が経った頃には、検診で経過が良好であることが分かり、医師から“卒業”の太鼓判をもらいました。今は年に一度、自治体の健康診断に加えて、近所の循環器内科にも半年に1度通って診察を受けています。

術後半年までMETs(メッツ)3の制限があったため、大好きな運動は控えていましたが、医師からは徐々にであればキックボクシングや登山も再開していいと言われ、術後7カ月以降に再開しました。
運動中も体のことを考え、追い込みすぎないようその一手前に留めるよう意識しています。手術後の運動再開は、患者が自分で自分の体の声を聞くことが大切です。自分の体と向き合って無理なく行えば、安心して楽しめると思います。

少し前は体調に違和感があると、「弁を形成した部分が切れたのでは」と不安になることもありましたが、今は定期的に診てもらえることもあり、気持ちも落ち着いてきました。体調は「調子がいい日」と「不調の日」を繰り返しながらも少しずつ良くなってきており、手術前の感覚に近づいています。

3METs(メッツ)は身体活動に必要な酸素量を表す単位です。例えば、座って安静にしている状態は1METs、普通の速さの歩行は3METsに相当します。

自分の命と体は自分で守る強い意識

診断後は心臓弁膜症や手術についてたくさん調べました。しかしネットの情報は玉石混交ですし、情報に振り回されるのは精神的に良くありません。また医学は日々進歩するので、いつの情報かを気にすること、鵜吞みにせず医師に確認することが大切です。

私には、納得できるまで様々な意見を聞くことの大切さ、自分の命や身体は自分で守るものだという強い意識があったため、積極的に行動できました。
もちろん気持ちの波はありましたが、希望に向けてターゲットを定め、優先順位を決め…と、仕事における“プロジェクト”を遂行する感覚になれたお陰で、迷いなく進むことができたと思います。

野球のお写真
キックボクシングのお写真
登山のお写真
負荷が高い運動は術後7カ月目から徐々に再開。以前のように無理はせず、体と対話しながら続けている

心臓に関する病は命と直結しやすく、深刻に捉えられる傾向にありますが、心臓弁膜症は適切な時期の治療をもって、根治を目指せる病気です。私の場合は治療のおかげでほぼ以前のような生活を送れています。私の体験談も一つの例として、心臓弁膜症をもつ人やそのご家族などの支えとなったら嬉しいです。

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