成田 剛(なりた たけし)
1972年生まれ
僧帽弁閉鎖不全症
株式会社unap 代表取締役
突然の発作から心臓弁膜症が発覚
2009年のある日。仕事中に立ち上がろうとした際、突然心臓がバクバクと勢いよく打ち出し始めました。立っていることさえもつらく、私にできることは横になることだけでした。この時の心拍数は180。椅子から立ち上がっただけなのに、非常にきついトレーニングを終えた直後程度まで心拍が上がっていたのです。
私は映像制作の仕事をしている関係で、取材や撮影のために日本各地はもちろん、海外に赴くこともあります。時々徹夜で編集作業を仕上げることがあり、ハードではありますが、学生の頃から水泳を続けているので体力には自信がありました。
しかしこの日急に心拍が上がって以来、月に一回程度発作が起きるようになりました。
発作は何が引き金になるかまったく分かりません。時には「死んでしまうのではないか」と思うほどの発作に襲われたこともあり、とても辛かったです。発作の対処法として、インターネット上などには「冷たい水を飲む」「息を止める」などが挙げられていますが、残念ながら効果はありませんでした。
後に病院に行ったところ、発作性上室性頻拍症と診断されました。発作性上室性頻拍症はカテーテルアブレーション治療を受けてすぐ良くなって退院できたのですが、検査時に「心臓弁膜症気味」であると告げられたのです。
心臓弁膜症の病名は聞いたことはありましたが、具体的な症状などは分かりませんでした。「心臓弁膜症とは何だろう?」と思いつつも、調べることはつい後回し…。「血液の逆流がありますが、様子を見ましょう」「検診を受けてくださいね」と医師から経過観察を告げられたため、大丈夫だろうと深刻に考えていなかったのかもしれません。
思い返すと得意の水泳も100m泳いだ程度で息が上がって休憩が必要になることがありましたし、水泳以外でものぼせや息切れなどが出ることもありました。これらの症状は横になると治ったので、早い更年期症状だろうと思い込んでいたのです。
僧帽弁形成術を経て心筋炎を発症
しばらくは大きな体調の変化もなく過ごしてきましたが、ある日、入浴中に今まで感じたことのない息苦しさやのぼせを感じるようになりました。心臓弁膜症気味と医師に言われてから10年後の、2019年のことです。
この時もはじめは更年期症状かと思いましたが、次第に食事中にも呼吸が浅くなって息が吸えなくなる苦しさを感じるようになり、病院へ向かいました。
2020年6月、付いた診断名は「僧帽弁閉鎖不全症」。そして、僧帽弁の形成手術が必要であると告げられました。来るべき時が来たか、そう思いました。
心臓への負担や形成弁はどれくらい持つのかなど、色々な心配ことが頭を駆け巡りました。しかしこの時は、早く手術をして辛い症状からいち早く抜け出したい一心で、診断を受けたその場で手術日を決めました。
手術はMICS(低侵襲心臓手術・小切開心臓手術、ミックス)1で行いました。骨を切らずに肋骨の間から器具を通すため、一般的に私のように体格の大きな人は比較的行いやすく、手術の傷口が小さいことなどのメリットがあるそうです。
内視鏡手術支援ロボット「ダビンチ」2を用いた手術も調べていましたが、信頼できる医師と出会い、MICSの豊富な実績を聞いたのでこちらの病院でMICS手術を依頼し、診断の翌7月に手術を終えました。
リハビリは、術後1日目からベッドの上で脚を動かすなどの軽いものを行いました。酸素チューブがつながっている状態でしたので、「そんなに動いても大丈夫だろうか」と思いましたが、リハビリは無理のない程度に早く開始すると回復が早いそうです。
ICUでは2日間激痛と闘いました。ICUを出ても肋間神経痛のように胸が痛み、真横で寝ることができないので背中も痛かったです。病院なので誰かが亡くなったという話も聞こえてくるため、心身共に闘わなければなりませんでした。加えてコロナ禍のため、家族や親しい人と会えない状況も寂しかったですね。退院後に妻の顔を見れたときは、本当にほっとしました。
しかし、退院からわずか4カ月後の11月に心膜炎を発症しました。
仕事量はセーブしていたものの、この時期は地方ロケがあり、忙しく駆け回っていました。最初の体調の変化は、異様な肩の凝りでした。その後、さらに吐き気や呼吸の度に胸が痛むようになったので不安を覚え、深夜に自力で病院へ向かいましたが、この日は結局原因が分からず帰宅。それから数日後、体調が悪化したため再度病院に向かったところ、心膜炎を発症していたことがわかりました。
心膜炎の治療は点滴治療を行い、あとは安静にすることしかできません。幸いにも手術した僧帽弁は良好でしたが、横になっている間、手術した僧帽弁にダメージが出ていないかとても不安でした。
1骨を切開せずに、肋骨の間から器具を通して心臓にアプローチする手術です。通常の心臓外科手術と比べて切る範囲が狭い上に骨を切開しないため、一般的に手術の痕が小さく、痛みや体への負担が少ない、早期の回復が可能などといった特徴があります。
2内視鏡下手術支援ロボットです。胸部に数カ所空けた小さな穴から、鉗子やメスなどを取り付けたロボットアームと内視鏡を挿入し、医師が内視鏡画像を見ながら操作して手術をします。手術痕が小さく目立ちにくい、術後の痛みが少ない、出血が少ない等のメリットがあります。ダビンチを使用した僧帽弁形成術・三尖弁形成術は2018年4月から保険適用となりました。
手術から現在に至るまで
心膜炎を経験して以降は、日々体調に気を配っています。
手術は血液の逆流をゼロにするものではないため、100%治すことはできません。今でも時々、夜や季節の変わり目に息苦しくなったり不整脈で眠れなかったりすることもありますが、体調が変化しても原因を追求しすぎず、深呼吸して呼吸や気持ちを整えるようにしています。
検査は3カ月に1度のペースで受けており、脈拍は落ち着いていますが、運動はまだ手探り状態です。どれくらい運動をしても良いのかわからないので、水泳のように負荷の重いスポーツは調子を見ながら来年を目途に再開できたらと考えています。
術後は些細な身体の変化も不安になりますし、外来だと医師とじっくり話をするのは難しいので、気軽に医師に相談できる、リモート診療やチャット相談のようなものが広がると嬉しいですね。
心臓弁膜症の患者さんに伝えたいこと
心臓弁膜症の症状や重症度は人それぞれ。そして手術の方式も様々です。セカンドオピニオン制度を利用していろんな医者の意見を聞くのが良いと思います。
心膜炎を発症したものの、私の手術は無事終わりました。しかし手術の痕を見ると、セカンドオピニオンを活用していろんな医師の意見を聞けばよかったと思います。
手術の痕は赤くケロイド状になり、なかなか綺麗になりませんし、ひきつれやコブが残っている感覚があります。また気管チューブ3を抜管する際には溺れて息ができない感じを覚え、辛かった記憶があります。
また、手術を控えている方は、術後の状況や必要なもの、心構えについてある程度調べて知っておいた方が楽な気持ちになるかもしれません。
私は術後や入院中の様子など全く知らずに入院したために、術後に水分制限が必要であることや、横向きで眠れないことなども知らなかったので、「いつになったらこの痛みや辛さが終わるのだろうか」「もしかしたらずっと続くのでは」といった不安に襲われました。
その他、細かい点を挙げると、ICU内は人の声や機械音などで意外とうるさいこと、尿道カテーテルを抜くときの辛さ、術後は入浴ができないのでドライシャンプーを用意しておけばよかった…など、そういった比較的軽めな情報を前もって知っておくと、心の準備も物理的な準備もできていいかもしれませんね。
診断を受けたときや手術が必要だと言われた時、大きな不安に押しつぶされそうになるでしょう。しかし、事前知識を得ることで不安を和らげることはできます。私の場合は、セカンドオピニオンを依頼しなかった後悔はありますが、それも体験談を読んでくださる方の参考になればと思い、今回体験談を寄せる決意をしました。
また、過度な不安はストレスになって身体の負担になるため、一人で抱え込まずに誰かと想いを共有するのもいいでしょう。今ではオンラインツールが広く普及したので、患者さんの話を聞けるリモート交流会に参加してみるのもおすすめです。時には力を抜きつつ、うまく付き合っていくことも大切だと思います。
3全身麻酔が必要な手術などで、患者さんの気道を確実に確保するために人工呼吸用のチューブを気管内に挿入します。気管挿管と言います。