がむしゃらに駆け抜けるなか、突然の医師の一言

facebook twitter line

山田 直樹(やまだ なおき)
1969年3月30日生まれ
僧帽弁閉鎖不全症
司法書士・中小企業診断士

山田さんの写真

独立一年目で下された診断

「雑音が聞こえますね」

2019年3月、自治体の健康診断で医師から告げられたその一言をきっかけに、私の生活は大きく変わりました。

このとき、司法書士・中小企業診断士として独立1年目。23年間勤務した会社を退職したのちに大学院へ進学し、卒業後は事業立ち上げのために毎日奔走していました。

そのようななか告げられた、「心臓弁膜症の疑い」。

これまで私は、手術はおろか入院さえも経験したことがなく、動悸や息切れといった心臓弁膜症の自覚症状は全くなし。まさに青天の霹靂でした。

「しばらく様子を見ましょう」と言われ、翌年同じ病院で健康診断と合わせてエコー検査も受けたものの、その後はコロナ禍で2年間検査を受けることができませんでした。

ようやく検査を受けられるようになった2023年2月には、雑音が激しくなっていると指摘されました。不安な気持ちのなか、専門病院を受診するよう医師に強く言われたことを覚えています。

専門病院の受診で自分の心臓と向き合えた

3月中旬、紹介先の病院を受診し、血液検査とエコー検査を受けました。

エコー検査の画像は、青や赤、黄色、オレンジなど色がついている部分が非常に多く、心臓の弁がまるで“蛇の舌”のように出たり入ったりしているのが見えました。

「重度の心臓弁膜症です」「今症状が出ていなくても、放っておくと心筋梗塞や心不全を招く可能性が高いですよ」と医師から言われ、自分でも顔が引きつっていくのが分かりました。

その後、執刀医となる外科部長にもお会いできたので、心臓の模型を使って術式の説明などを受け、できるだけ早期に手術を受けるよう勧められました。

仕事のスケジュールを考えると、年末に手術を受けたかったのですが、医師からは難色を示されました。それならば、5月のゴールデンウィーク中に、とお願いしたところ幸いにも都合が合ったこと、そして執刀医の後押しをいただいたことで、その場で手術を依頼。

「このまま放っておいても良いことはない、手術をお願いしよう」そう強く思ったのです。

山田さんの写真
手術を決断後の誕生日。
落ち込んでいる私を家族が励ましてくれました

手術の不安を打ち消すために

その後、精密検査を経て、手術方式は体への負担を抑えられる低侵襲心臓手術MICS(ミックス)で僧帽弁を形成することに決定しました。

予定はできる限り前倒しし、入院ぎりぎりまで仕事をしましたが、さすがに入院前日は仕事が手につきませんでした。手術のために心臓を止めなければならないということへの不安感をぬぐえず、家族へ書置きを残しました。

入院当日は、「万が一、退院できなかったら机の引き出しを開けてほしい」と妻に伝えて家を出ました。

この日は日曜日だったため、病院の救急入口から入って入院手続きを行いました。病室に着いたら病院食を食べ、簡単な検査をして翌朝を迎えるという、前日までの不安な気持ちと打って変わり、淡々とした様子で手術の前日を過ごしました。

翌日の手術当日は、手術室の前で家族に会うことができました。極度の緊張からやや興奮状態にあり、普段であればやらないガッツポーズを家族に見せて手術室に入っていったのを覚えています。

山田さんとご家族の写真
手術2週間前の家族での食事

一般病棟へ移り、溢れ出た涙

午前10時に始まった手術が終わったのは、お昼の12時から13時ころ。目が覚めたらHCU(高度治療室)のベッドの上にいました。当初は麻酔が効いていたので痛みはありませんでした。

しかし、夜が深くなるにつれて麻酔が切れて痛みが増しました。翌朝には耐えられなくなるほどの激しい痛みに変わり、ナースコールを押して強めの痛み止めをもらって何とか乗り越えました。

手術翌日にHCUから一般病棟へ転棟。

転棟する際、看護師さんが「ご家族にお電話して、HCUから出られたことをお伝えしましたよ」と教えてくださったのですが、その言葉を聞いて初めて涙が出ました。心臓弁膜症の診断を受けてから手術までの緊張感が一気に解けたのでしょう、堰を切ったように涙が溢れてきました。命を繋いでもらったことへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

その後すぐに「じゃあ歩行訓練をしましょう」と提案され、「事前には聞いていたが、こんなに早いのか」と驚いたのを覚えています。リハビリは廊下を歩くことからスタート。数日かけて歩数を徐々に増やし、フロアを一周したり階段を上り下りしたりしました。

3日目には点滴や管が抜かれ、シャワーが解禁されました。手術で切開した右側の腕がなかなか上がりませんでしたが(これは術後1か月ほど経って改善しました)、それ以外の経過は順調。もともと予定していた退院日が繰り上がり、6日目に退院できるといわれた時はとてもうれしかったですね。

ちなみに、「入院中は時間があるだろう」と思い、自宅から本を何冊か持ってきていたのですが、振り返ると入院中は検査や食事、リハビリに追われ、本はほとんど読めないほど慌ただしい日々でした。

術創の写真
手術後約1カ月後の術創
※胸の真ん中にある胸骨を切開する正中切開に対して、低侵襲心臓手術あるいは小切開心臓手術 MICS(ミックス)では5cm程度肋骨に沿って切開することが特徴です​

退院後から現在に至るまで変わったこと

退院後は食事の塩分量に気を付けています。

退院時に管理栄養士の方と食生活を見直す機会があったのですが、その時に「どう見積もっても、入院前の1日の塩分摂取量が20gを超えています」と指摘されたのです。

私の場合、推奨される1日の塩分量は6.0g(※1)。しかし、独立後間もなかったため、仕事で毎日のように会合や宴会に顔を出していた影響で、私は日常的に推奨量の3倍以上の塩分を摂取していたのです。

管理栄養士の方から、高血圧は心臓に負担をかけるため、塩分はしっかりコントロールするよう釘を差されました。

今も外食の多い生活は続き、また、コロナ禍が明けて最近は宴会や会合の機会が増えてきましたが、塩分量の少ないメニューを選ぶように心がけ、無理せず適度に抑えるように心がけています。

退院してから少しの間は、散歩中に疲れが出たり、腹痛が生じたりと時折不調が現れることもありました。

仕事の種類によっては、「復帰するのは早かったかな」と思うこともあったものの、自分で仕事のスケジュールを組めたため、在宅ワークを組み合わせるなどして、できる限り負担を抑えて対応できました。

在宅ワーク中は、猫達に朝ご飯をあげた後に、膝の上で猫を撫でながらコーヒーを飲む時間が癒しになっていました。

今でも動悸や息切れといった症状は一切なく、手術から1年後の検査結果も良好。血液の逆流はなくなり、手術で形成した僧帽弁は正常に機能していることがわかりました。

愛猫の写真
退院後も癒してくれた愛猫たち​

(※1)1日あたりの塩分摂取量の目標は、成人男性7.5g未満、成人女性では6.5g未満。なお、高血圧など方の食塩相当量は男女とも6.0g未満。

心臓弁膜症と診断されて

手術を受けるにあたり、心臓弁膜症ネットワークの体験談を読んだほか、心臓弁膜症の本も読んで勉強しました(※2)。

事前に情報を得たことで、手術の技術が発展したことや医療費の対象になることなど様々なことがわかりました。特に、心臓弁膜症ネットワークの体験談には精神的にも支えられました。

どんな人でも、心臓の手術が必要と言われれば動揺します。まして、初めての手術であれば尚更です。

私も、手術を受けると決意した後も日々悩みました。「症状が全くないのに本当に手術の必要があるのか?」と自分を病人として受け入れられませんでしたし、初めての手術が心臓手術であることの恐怖感を拭えず、知り合いを通じて別の医師に話を聞きに行ったこともありました。

しかし、現代の医療は私たちの予想以上に進歩しています。医師の診断をよく聞いて、自分の状態を冷静に判断することが大切だと思います。

また、もう一つ“聴診器”の重要性についてお伝えしたいことがあります。

皆さんは健康診断の際、胸に聴診器を当ててもらっていますか?

思い返すと、私が会社員のころに受けていた健康診断では聴診器を当ててもらっていませんでした。「健診で聴診器を当てられていたらもう少し早く心臓の異常に気付けたのでは」「重症化する前に何かしら対策が取れていたのでは」と振り返ることもあります。

健康診断では、お医者さんに「聴診器を当ててください」と言ってみてください。その際に、私のような実例をお話すればきっと対応してくれるはずです。 この体験談が少しでも多くの方に届き、「心臓の声を聴く大切さ」が届くとうれしいです。

(※2)最後に、入院前に読んだおすすめの本をご紹介します。

1.『「心臓弁膜症」と言われたら読む本』柴山 謙太郎・田畑 実著 中央医学社
心臓の仕組みから手術後のアフターケアまでを、ストーリー仕立てで詳しく解説しています。

2.『心臓弁膜症~よりよい選択をするための完全ガイド~』加瀬川 均監修 講談社
心臓弁膜症がどのような病気なのかを豊富なイラストでわかりやすく図解しており、とても読みやすいです。

3.『若さは心臓から築く~新型コロナ時代の100年人生の迎え方~』天野 篤著 講談社ビーシー/講談社
心臓外科手術の第一人者が様々な質問にQ&A形式で回答しており、読みごたえがあります。

4.『いのちとは何か~幸福・ゲノム・病~』本庶 佑著 岩波書店
自然科学の観点からの生命の解説は、病気を受け入れられるきっかけになりました。

5.『死ぬときに後悔すること25』大津 秀一著 致知出版社
以前に読んだ本を読み返しました。心臓弁膜症とは関係のない本ですが、終末期医療の専門家が患者を通じて感じた人生で大切なことをまとめられています。

TOP