制度について
日本の社会保障制度には、一般的な医療保険給付のほかにも利用できるものがいろいろあります。
ここでは、50歳の会社員Aさんを例に、上手な制度の利用のしかたを解説していきます。
心臓弁膜症と診断され、入院して手術を受けることが決まりました。
Aさんの頭にまず浮かんだのは・・・
Ⅰ.入院中のベッド代や手術代はいくらくらいだろう……
入院費用が心配
Ⅱ.入院中や自宅療養中は仕事を休まなくちゃいけないから、収入がなくなるなぁ。
生活はどうしよう……
療養中の生活費が心配
次にAさんの頭に浮かんだのは・・・
Ⅲ.自宅療養が終わったあと、元の仕事に戻れるかなぁ。
治療や通院で支出が増えたらどうしよう……
社会復帰後の収入の減少や、
治療に必要な支出の増加が心配
こんな心配事を外来看護師にもらすと、院内にある患者相談室※に相談することをすすめられました。
Aさんが利用できる社会保障制度やその申請方法などを教えてくれるというので、早速患者相談室へ行くと、担当の相談員が心配事の解決法を一緒に考えてくれました。
※現在、多くの病院には患者相談窓口が設けられています。名称は、「総合相談センター」や「医療福祉相談室」などいろいろですが、社会保障制度に関することだけではなく、療養生活の不安に対する相談なども幅広く受け付けています。患者さんやその家族が抱える経済的・心理的・社会的問題を、社会福祉の立場から解決、調整することを援助する医療ソーシャルワーカーなどが相談員として在籍しているので、ぜひ利用してみましょう。
わからないことをそのままにしていると、不安が増していきます。「こんなことを聞いてもいいのだろうか?」などと思わずに積極的に相談し、自分にとって最善となる治療計画に役立てましょう。
Aさんは、早速入院する病院の患者相談室に行ってみました。
相談員は、Aさんが受ける予定の治療や、現在の収入、治療後にどのような生活を望んでいるかなどを聞き、次のような制度があることを説明してくれました。
入院費用の解決策
Ⅰ-1 高額療養費制度の利用
Aさんの選択
月収が45万円のAさんは、高額療養費制度の「③区分ウ」に当てはまりました。
心臓弁膜症の手術にかかるおおよその費用をもとに、自己負担額の目安がわかり一安心です。一時的に高額な立替えをしなくて済むように、事前に申請を行い、「限度額適用認定証」の交付を受けることにしました。
療養中の生活費の解決策
Ⅱ-1 傷病手当金の受給申請
Aさんの選択
Aさんは、主治医から10日程度の入院と1カ月弱の自宅療養が必要だと言われています。
まず会社の担当部署に確認してから、傷病手当金の受給申請をすることにしました。
社会復帰後の収入の減少や、治療に必要な支出の増加に対する解決策
Ⅲ-1 身体障害者手帳の申請
Ⅲ-2 障害年金の申請
Aさんの選択
身体障害者手帳の申請と障害年金の申請は、術後の回復の状況によることが分かりました。2〜3カ月で普通に働けるようになれば、Aさんには必要なさそうです。
しかし、もし回復が思わしくなく仕事を制限しなければならなくなったときも、利用できる制度があると知って安心しました。
制度解説
Ⅰ-1 高額療養費制度
高額療養費制度は、医療機関や薬局の窓口で支払った額(自己負担額)が、1カ月(毎月1日〜月末まで)で上限額を超えた場合に、超えた分を払い戻す制度です。
ただし、高額療養費制度に該当するのは入院料や処置料、手術料などの医療費のみで、食事代、差額ベッド代、日用品費は対象外です。また、所得により自己負担限度額は異なります。
高額療養費制度を利用する流れ
窓口で支払ったあとに申請して払い戻しを受け取る方法と、あらかじめ医療費が高額になると分かっている場合に事前に申請手続きをする方法があります。後者は、高額療養費の現物給付という考え方です。
1)高額療養費の払い戻しを受ける場合
自己負担分を支払う
(例:入院費の総額が500万円、70歳未満の場合、3割負担の150万円)
払い戻しの申請手続きをする
(健康保険組合、共済組合、勤務先の担当部署に申請書請求し必要書類を提出)
(受診後3〜4カ月)
限度額適用認定の申請を行う
病院へ「限度額適用認定証」を提示
(70歳未満の場合、収入により
約3万円~約14万円)
自己負担限度額
- ※1 総医療費とは保険適用される診察費用の総額(10割)です。
- ※2
診療を受けた月以前の1年間に、3カ月以上の高額療養費の支給を受けた(限度額適用認定証を使用し、自己負担限度額を負担した場合も含む)場合には、4カ月目から「多数該当」となり、自己負担限度額がさらに軽減されます。
注)「市区町村民税の非課税世帯」であっても標準報酬月額53万円以上は区分「ア」か「イ」の該当となります。
(全国健康保険協会のホームページをもとに作成)
Ⅱ-1 傷病手当金の受給申請
傷病手当金は、病気やけがのために仕事を休み、給料が出ない場合に、生活を保障するために健康保険から支給されます。
傷病手当金を受給する流れ
または勤務先の担当部署に申請書請求
主治医に記入してもらう
- 休み開始から3日間の待機期間を経て、4日目から支給対象となります。
- 基本的に標準報酬月額の約3分の2が支給されます。
- 支給期間は、支給開始日から最長1年6カ月です。ただし、会社により独自の期間を設けている場合もあるので勤務先の担当者に確認しましょう。
Ⅲ-1 身体障害者手帳の申請
人工弁を入れた人は、身体障害者福祉法で定めている内部障害※の心臓機能障害に当てはまる可能性があります。
身体障害者手帳の交付を申請し、所得すると、税の免除や所得控除、交通費の割引等が受けられます。
※内部障害=体の内部にある障害のことです。外見からはわかりませんが、さまざまな配慮が必要になります。内部障害には、心臓機能障害、腎臓機能障害、呼吸機能障害などいくつかの種類があり、心臓機能障害には不整脈のためにペースメーカーを埋め込んでいる人などが該当します。
身体障害者手帳の申請・取得の流れ
申請に必要な書類等の準備
(1級、3級、4級、または認定外)
身体障害者手帳を取得すると
各自治体によって自己負担額や所得制限、手帳等級が異なるため、確認が必要です。市区役所町村役場の医療給付担当課で確認しましょう。
詳細は区市役所、町村役場の障害福祉担当課で確認しましょう。
ハローワークの障害者専門窓口(障害者就労支援チーム)が、症状に合わせた求人を探すサポートをしてくれます。担当者がつき、疾患や症状の伝え方、履歴書や面接でのアドバイスを受けることも可能です。
ただし、障害者雇用枠で採用された場合、職場環境や職務内容に配慮を要するため、給与額は決して高くないのが実情です。
Ⅲ-2. 障害年金の申請
障害年金は、病気やけがによって生活や仕事などが制限されるようになった場合に、現役世代の人も含めて受け取ることができる年金です。「障害厚生年金」と「障害基礎年金」とがあります。(障害年金は、退職後に受給する厚生年金(旧共済年金)、国民年金と考え方は同じです。)
障害年金の対象となる傷病名の中に、循環器の障害として心臓弁膜症があります。
障害厚生年金
厚生年金保険(会社員や公務員を対象とした公的年金。国民年金に上乗せして運営される)に加入していた人が、要件となる病気やけがの診断を受けた場合に対象となります。
- 厚生年金に加入している間に、障害の原因となった病気やけがについて初めて医師または歯科医師の診療を受けた日(これを「初診日」といいます。)があること
- 一定の障害の状態にあること
- 保険料納付要件
初診日の前日において、次のいずれかの要件を満たしていることが必要です。
(1)初診日のある月の前々月までの公的年金の加入期間の2/3以上の期間について、保険料が納付または免除されていること
(2)初診日において65歳未満であり、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと
(平成31年4月から)
- 【1級】(報酬比例の年金額) × 1.25 + 〔配偶者の加給年金額(224,500円)〕※
- 【2級】(報酬比例の年金額) + 〔配偶者の加給年金額(224,500円)〕※
- 【3級】(報酬比例の年金額) 最低保障額 585,100円
※その方に生計を維持されている65歳未満の配偶者がいるときに加算されます。
注意!
配偶者が老齢厚生年金(被保険者期間が20年以上または共済組合等の加入期間を除いた期間が40歳(女性の場合は35歳)以降15年以上の場合に限る)、退職共済年金(組合員期間20年以上)または障害年金を受けられる間は、配偶者加給年金額は支給停止されます。
報酬比例部分の年金額は、「1 報酬比例部分の年金額(本来水準)」の式で算出した額となります。なお、1の式によって算出した額が「2 報酬比例部分の年金額(従前額保障)」によって算出した額を下回る場合には、2の式によって算出した額が報酬比例部分の年金額になります。
1 報酬比例部分の年金額 (本来水準) |
2 報酬比例部分の年金額 (従前額保障) (従前額保障とは、平成6年の水準で標準報酬を再評価し、年金額を計算したものです。) |
※昭和13年4月2日以降に生まれた人は0.998 |
平均標準報酬月額とは、平成15年3月までの被保険者期間の計算の基礎となる各月の標準報酬月額の総額を、平成15年3月までの被保険者期間の月数で除して得た額です。
平均標準報酬額とは、平成15年4月以後の被保険者期間の計算の基礎となる各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額を、平成15年4月以後の被保険者期間の月数で除して得た額(賞与を含めた平均月収)です。
※被保険者期間が、300月(25年)未満の場合は、300月とみなして計算します。
また、障害認定日の属する月後の被保険者期間は、年金額計算の基礎とはされません。
障害基礎年金
国民年金(日本国内に住んでいる20歳以上60歳未満の人を対象とする年金)に加入していた人が、要件となる病気やけがの診断を受けたと場合に対象となります。
-
国民年金に加入している間に、障害の原因となった病気やけがについて初めて医師または歯科医師の診療を受けた日(これを「初診日」といいます。)があること
※20歳前や、60歳以上65歳未満(年金制度に加入していない期間)で、日本国内に住んでいる間に初診日があるときも含みます。
- 一定の障害の状態にあること
-
保険料納付要件
初診日の前日において、次のいずれかの要件を満たしていることが必要です。ただし、20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件はありません。
(1)初診日のある月の前々月までの公的年金の加入期間の2/3以上の期間について、保険料が納付または免除されていること
(2)初診日において65歳未満であり、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと
(平成31年4月から)
【1級】 780,100円×1.25+⼦の加算
【2級】 780,100円+⼦の加算⼦の加算
・第1⼦・第2⼦ 各224,500円
・第3⼦以降 各74,800円
⼦とは次の者に限る
・18歳到達年度の末⽇(3⽉31⽇)を経過していない⼦
・20歳未満で障害等級1級または2級の障害者
障害厚生年金、障害基礎年金の請求に必要な書類
必ず必要な書類等(障害厚生年金、障害基礎年金共通)
2.戸籍謄本、戸籍抄本、戸籍の記載事項証明、住民票、住民票の記載事項証明書のいずれか
5.受取先金融機関の通帳等(本人名義)
6.印鑑
これらのほかに、その人の状況によって必要な書類があり、障害厚生年金か障害基礎年金かで様式が異なります。
詳しくは、年金事務所や区市役所町村役場の年金担当課、または街角の年金相談センターで相談しましょう。その際、過去の受診歴(日にちや病院名)のメモを持参することをおすすめします。
また、納付要件を満たしているか確認する必要があるので、年金手帳も持参しましょう。
※ 障害者雇用で就労をしながら障害年金を受給している方もいます。
※ 基本的に、傷病手当金と障害年金を同時に受給することはできません。傷病手当金を受給しながら障害年金を受給すると、差額分しか支給されないので注意しましょう。
(日本年金機構のホームページをもとに作成)